とある音源

10年前一緒に箏を弾いていたN君は、穏やかで思慮深く、それでいて笑いへのノリも良くみんなの人気者だった。男女分け隔てなく愛されキャラ。能ある鷹は爪を隠すとは良く言ったもので、
彼が自慢げに自分の何かをひけらかして話している姿は皆無だった。

去年初めて箏ではなく、私のピアノをライブで聴いてくれた彼から、後日ある録音を頂いた。
素敵な絵葉書の裏の大らかな筆跡。

「ラジオを聴いていたらこのピアノソナタが流れて来ました。クラシックなのですが、何故か先日聴いた涼子さんのピアノと重なるものがありました。そう思った時、咄嗟に録音した音源です。なので曲の途中からで申し訳ないのですが…」

事情があってすぐ聴くことが出来なかったのだけれど、つい先日それを一人で静かに聴いてみた。

今は亡き、非常に有名なピアニストの演奏だった。
私がN君に聴いて貰った演奏はクラシックではないし、私はクラシック、しかもピアノソナタ…手が届かない。
というかその様な高名な演奏家と私は並べるモノでもない…といろいろ分かっていながらも目をつぶって聴いていた。

じっと静かに聴いていると何故だか自分でも分からないのだけれど、
その音楽が心を通ってみぞおち辺りまで沈んで、それから喉から飛び出して来そうな感じ。身体がその場から動かなかった。

私はN君の感受性が昔から大好きで、流派は違えど、そんな事は大した問題でもなく、一緒に色んな事を話した。スタジオからの帰り道。リハ後の帰り道。打ち合わせ後の帰り道。演奏会後の帰り道。
何故かN君を思うと、色んな帰り道がその時の色のまま目の裏に浮かぶ。

私は音楽と居る時、途方に暮れ戸惑う事の方が多いけれど、そして去年末から今年1月にかけて私にとってかなり落ち込む音楽の色々があり、余計凹むループだったのだけれど。
そんな時仲間の存在を思い出すと、心がシンと落ち着く。ゆっくりと深呼吸が出来る。

もう一度、過信せずしかし卑下もせず、平らな大地に靴を脱いだ両足を着けて、自分と話してみよう。
そうして、答えが出たらN君とこのピアニストについて。話してみよう。

こういう幸せは、とても好きな幸せ。






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