百日紅考
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たましいの、抜けたひとのように、足音も無く玄関から出て行きます。
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太宰治「おさん」の冒頭。
この短編小説は、「おさん」という女性の一人称で綴られています。
浮気性の夫。
冒頭の一文は、浮気相手の元へ向かう夫の描写。
確実に、夫の浮気に気付いていながらも、真っ向から対峙する事の出来ない、おさん。
彼女は一人、苦しみます。そんな自分を日々誤魔化し生きて行く。
魂が抜けてしまっているのは、おさんの方ではなかろうか。
挙句の果てに夫は、浮気相手と心中。
夫が心中の為家を後にする際、
おさんと交わした最期の会話
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「さるすべりは、これは、一年置きに咲くものかしら」と呟きました。玄関の前の百日紅は、ことしは花が咲きませんでした。「そうなんでしょうね」私もぼんやり答えました。それが、夫と交わした最後の夫婦らしい親しい会話でございました。
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百日紅は、特に好きでも嫌いでもない花でした。
逆に、私の子供時代の話。
田舎の実家の玄関先にあった、紅い花をつける百日紅の木。
花の散る季節は、ホロホロと無限に、小さく紅い金魚のような花が地面に溢れ落ち、風に吹かれて泳ぎ、掃除が大変だった…ので、あまり良い印象も無かったのであります。
それから、親に叱られた夏の夜。お仕置きで外へ出されると、闇の中にサワサワ揺れて、家の窓の灯りを受けて、私の身体に影を落とす百日紅。
子供だった事もあり、ひたすら不気味で、美しいとは思えませんでした。
「おさん」を知り、読んだ後に、
百日紅が滅法好きになりました。
命を絶つ旅に出かける夫の、妻であるおさんに対する最期の言葉。
この場面を心の中で想像する度に、沢山の感情が自分のなかに渦巻きます。
その感情は、全部は上手く言葉に出来ません。
その一つに、
「こんな事を最期に言える男だから、女にモテてモテて、浮気もするだろう。心中もするだろうさ」
というモノがあります。
そんな事を他人事のように思っている私は、恋愛や浮気や、そういうものに関して、精通していないのでありましょう。
とりあえず、百日紅には、毎年咲いて貰いたい様に思うのです。
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2018.08.11 01:25