〆る(しめる)の意味

割とポピュラーな音楽用語、ritardando(リタルダンド)。楽譜表記としてはrit.(リット)と書かれる場合が多いです。
テンポをだんだんゆっくりにして行く…という表現方法を示しています。

日本音楽にも「似たような」表記があります。
〆る(しめる)。
私は長唄の中で覚えた言葉ですが、他の日本音楽のジャンルでも恐らく用いられる場合はあるかと思います。

ここで、「同じ」ではなく、「似たような」と書いたのには訳があります。

「rit.」は、次第に、だんだんに、ゆっくりして行く。
対して、
「〆る」は、感覚的に言うと、次第に、だんだんにと言うよりは、「急ブレーキ」のイメージです。(→自分の師匠からの受け売り。)
急ブレーキでありつつ、「rit.」寄りの要素を持っています。
長唄の中で、この「〆る」は多用されます。

長唄に、京鹿子娘道成寺(きょうがのこむすめどうじょうじ)、という曲があります。

安珍、清姫伝説を題材に作られた歌舞伎の演目に用いられる曲です。

その曲の中の唄の一節、
「禿(かむろ)立ちから室(むろ)の早咲(はやざき)」
この早咲き、の所で、〆ます。
禿(かむろ)とは、この場合、江戸吉原で、将来遊女となる為に修業をしていた少女を指しています。
禿立ち、というのが、つまり一人前の遊女になるという事。つまり女性として、お客を取るという事です。
室(むろ)とは、部屋の事。
室の早咲き。

早咲き、の部分で「禿の(つまり、まだほんの少女の)憂いの風情」を出す為に〆るのだそうです。
それに続く歌詞まで繋げて読むと、諸々納得出来ます。

この部分はやはり、rit.では、憂いの風情は出ないように思うのです。
「〆る」でないと。

私は、この様な、日本音楽の勉強もさせて頂いています。
こういう一つ一つの細かな部分を知る事が、
自分の引き出しを増やす為に、非常に役立っています。
お三味線とお唄の師匠を心から尊敬しています。

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